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    『ツレうつ』から15年。生きづらさに向き合い続けて辿り着いた「一人じゃない」ということ

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    心の病に寄り添う活動に取り組む方にお話を伺う特別インタビュー。 今回は『ツレがうつになりまして。』作家の細川貂々さんに、漫画制作の背景や、その後のさまざまな活動とその思いについて、お話を伺いました。

    「うつ病は誰でもなりうるもの」という思いが執筆のきっかけに

    ーー貂々さんは『ツレがうつになりまして。』の大ヒット以降も様々な活動を行われています。今回は、そうした活動とその背景について、お話をお伺いできればと思います。 まずは「ツレがうつになりまして」を書くことになった背景から教えてください。

    私は漫画家をしているのですが、2006年に『ツレがうつになりまして。』という漫画を出版しました。ツレというのは夫なのですが、ツレがうつ病になった日々のことを描いた漫画です。

    最初に漫画にしようと思ったきっかけは、ツレがうつ病になったと周りに伝えたときの反応でした。

    「意外と根が暗い方だったんですね」「ネガティブな方なんですね」というふうな反応があって、なんというか、私はそれがちょっと違和感があったんです。

    「うつ病って誰でもなりうるものだし、性格がどうのこうのという訳じゃないんだよ。」ということを伝えたいと思ったことが、きっかけでした。

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    『ツレがうつになりまして。』 ツレがある日、「死にたい」とつぶやいた。激務とストレスでうつ病になってしまったのだ。病気と闘う夫を愛とユーモアで支える日々を描き、大ベストセラーとなった感動の純愛コミックエッセイ。
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    https://www.gentosha.co.jp/book/b3923.html

    ーーツレさんの闘病当時、大変だったことはなんですか?

    やっぱり、自殺したいと言われたことですね。死にたいと言われたときは、本当にどうしたら良いかわからなかったですね。24時間ツレを見張っているわけにはいかないですし。どうにもできないから、死なないで帰ってきてほしい、と祈るくらいしかできませんでした。

    ーー祈る気持ちだったのですね。

    死にたいという気持ちはいつ出てくるかわからないし、私が調子良さそうだなと感じていても、実は死にたいと思っていたということもありました。やっぱり人の気持ちの上下って、周りから見ていても全然わからないんだなということはすごく思いました。

    ーーそこからどのように回復していかれたのでしょうか。

    回復の兆しを感じたのは、薬を飲み忘れても大丈夫になったときですかね。それまでは、薬がないと体調が悪くなってしまっていたので、薬は必ず忘れずに飲んでいたのですが、ある時から、忘れてもそんなに気分が悪くならないという感じになっていって。その辺りからかなと思います。それで病院に行って、お医者さんに聞いたら、薬を減らしていいかもですね、と言われたので、減らしていきました。

    苦しかった「ツレうつ」執筆。ギリギリまで悩んだ出版

    ーーそれから、漫画を描き始めて苦労したことはありますか?

    漫画にしようと思って、ツレが書いていた日記を読んだんです。そしたら、私が認識していないところでも大変な思いをしていたということを改めて思い知って。それがすごく辛かったですね。「私、全然ちからになってあげられてなかった」って。

    ーー日記を通して、ツレさんの心のうちを知ったのですね。

    日記に、本人が一人で苦しんでいたことが伝わる記述がずっと書かれていて。それを読んで、結構おちこんじゃいました。書いているとき、つらくて泣いちゃったりもして。

    でもツレも「自分のことが誰かの役に立つならいい」と言ってくれたので、最後は一気に描きあげました。

    ーーツレさんも応援してくれたのですね。

    はい。でも実は本が出る1週間前、ツレが「やっぱり出さないでくれ」と言ってきて。本人は、いざ出すとなって、辛くなってしまったようでした。でも1週間前だったので出版を止めることもできず、もう出るよとしか言えなくて。

    夫婦の貯金も底をついた頃だったので、「お金もないし、しょうがないよ」というような感じで、どうにか出版にたどり着きました。

    ーー実際、出してからの反応はいかがでしたか?

    それが実際に出たら、1週間で重版になったんです。当時はSNSもないから反応もわからないのでとてもびっくりして。そしたらまた2週間くらいで重版になって、びっくりして。

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    同時にホッとしました。ツレも、読んでくれる人がいるとわかって安心してくれました。

    あと、『ツレうつ』を出してわかったのは、周りにも実はいっぱいいたということです。漫画を出したことで、「実は…」と打ち明けてくれる方が周りにもたくさんいて。みんな、隠していた、隠されていたんだなあと思いました。

    ーー話してくださったような葛藤があったことは知りませんでした。でも、出してからたくさんの反響があったのですね。

    そうですね。そういうできごとを通して、だんだん出してよかったなあという気持ちになっていった感じでしたね。

    そこからどんどん広がって、ドラマになって、映画になって、というような流れです。

    『ツレうつ』のその後。自分自身の生きづらさを見つめる旅へ

    ーー貂々さんは『ツレがうつになりまして。』のヒット後も、対人関係にまつわる著書「それでいい。」や、当事者研究の「生きるのヘタ会?」など様々な取り組みをされています。今に至るまでの活動をお伺いできますでしょうか。

    『ツレうつ』を出してから、色々なお仕事のご縁をもらうようになりました。うつ病に関する本も何冊か出させてもらいましたし、テレビにでたり、著名な精神科医の先生と一緒に講演にでたり、本当にたくさんのお仕事をさせてもらうようになりました。

    ーー「こういうことをやろう」と決めてやっていたというよりは、依頼がきたものに応えていたという感じでしょうか。

    そうです。これをやろうというよりは、依頼をいただいたものに応えていた感じです。

    ーー今日までの活動の原動力になっているものはありますか?

    なんだろう。。『ツレがうつになりまして。』ではツレを支える立場でしたが、私自身もネガティブ思考で自分を肯定できない性格があって、ずっと生きづらさを抱えて生きてきました。そういう悩みもあったので、生きづらい人が生きやすくなったらいいなというのはいつも考えていて。

    ーー貂々さんご自身も生きづらさを抱えていらっしゃったんですね。

    そうなんです。それで、そういう生きづらさって、意外と身近なところ、日常生活のちょっとしたところによくなるきっかけがあるようにも感じていて。そういうお手伝いができたらというのはいつも思っていました。

    でも、私が生きやすくなったのは決して容易いことではなかったので、そんなに簡単にはいかないということもわかっているので、難しいことですが。

    精神科医の水島先生との共著の『それでいい。』シリーズは、そういう私自身の生きづらさがきっかけで、ご縁をいただいて作ることになった本です。

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    『それでいい。』シリーズ ネガティブ思考で自分を肯定できない漫画家・細川貂々が、精神科医で「対人関係療法」の第一人者・水島広子先生との対話を通してネガティブな人生をラクにするヒケツを学んでいく対人関係入門書。シリーズ化され、2022年9月現在12万部発刊。
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    https://www.sogensha.co.jp/special/soredeii/

    ーー貂々さんの生きづらさは、どのように和らいでいったのでしょうか。

    『それでいい。』の水島先生に出会って対人関係について学んでいく中で、「自分を肯定しないことには何も始まらないですよ。」と言われたんです。その言葉を受けて、自分を認める練習というのを始めました。「自分を否定しそうになったら修正する」ということを1〜2年くらいかけて、ようやく認められるようになっていきました。

    当事者研究で辿り着いた「自分一人じゃない」ということ

    ーー水島先生との出会いが、生きやすくなる大きなきっかけになったのですね。

    それと、当事者研究会にもいくことになったのも大きかったです。知り合いに合いそうだと誘ってもらって、行ってみたんです。

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    当事者研究会とは 一人ひとりが自分自身の困りごとや生きづらさについて研究者となり、会に集まった人同士で話を聞き合うことを通して、困りごとへの理解を深めたり、生きづらさを和らげる方法を探していく取り組みのこと。

    そしたら、見える世界が変わったんです!私みたいにクヨクヨ悩んで後ろ向きなのは私だけだと思っていたのに、こんなに同じように悩んでいる人いたんだ、と。

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    ーー例えばどんな人に出会ったのでしょうか。

    例えば、私からみたらすごく立派そうな60代くらいの男の人が「母親との関係が苦しくて、いつまでもお母さんに縛られている」とかいうんです。「こんな偉そうな人もそうなんだ!」と思いましたね。どんな人にも悩みはあるんだなって。

    それまでの私は、私以外はみんな幸せそうで羨ましいなと思って生きていました。でもそうじゃない。一人じゃなかった。ということがだんだんわかっていきました。

    ーー色んな人が、色んな悩みを抱えて生きている、ということを知ったのですね。

    私からみたら立派そうな人が、目の前でクヨクヨしたことを喋っている ということが、私にとってはリアリティがすごくあって衝撃だったんだと思います。

    ーーそれから当事者研究の会にいくようになったのですか?

    はい。色々な会に参加しては、みんなそれぞれだなあって思っていました。

    でも私はそういうところ行って喋れなかったんです、絶対。自分のことを喋るのがすごくハードルが高くて。

    それが、あるとき初めて喋ってみたんです。そしたら、ばーっと涙が出てきて。

    「私が喋ったことを周りの人が聞いてくれるというのは、こんなに安心するんだ」と思いましたね。喋るのも大事だなあとそのときに思って。

    それで自分で場を作ってみたいと思って、いろいろ勉強して『生きるのヘタ会?』という会を地元の図書館で始めました。もうすぐ続けて3年になります。

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    『生きるのヘタ会?』とは 生きづらさを感じている人たちの当事者研究会。兵庫県宝塚市で、月一回のペースで開催中。
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    https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/ikiheta/

    ーー『生きるのヘタ会?』を3年も続けられている秘訣はありますか。

    やっぱり人の話を聞くって楽しいんです。楽しいし、勉強になるし、気づくことが多くて。

    それは自分にとっての財産になるというか。なので、これも自分のための活動なんですよね。

    ーー今の活動と、『ツレがうつになりまして。』との繋がりはどのようなものでしょうか。

    うつに関わらず、生きづらさを抱えた人が、周りの人には言えないけど、ここなら話せる、という場所があるといいよなあという思いがあります。自分が病気になる前に、誰かに何かを言えていたら、そういう場があったら、違う結果になっていたかもしれないなって思うんです。

    なので、私の会では予約もしなくていいようにしてるんです。図書館でやってるのも、フラっと来れるからで。

    参加する人は、それぞれ自分でここにくる意味みたいなものを見つけてくる感じで、話す内容も色々です。

    全ての人に受け入れられるのは難しい。身近なところでコツコツと

    ーー活動をしていて、難しいと感じる瞬間はありますか?例えば、ある人の助けにはなれても、ある人の助けにはなれていない、とか。

    やっぱり、人それぞれ考え方違うので、みんなを楽しませるとか、納得してもらえるものを作るのは不可能だと思いました。こっちの人がいいと思っても、こっちの人は悪いと思うということが起こるのは、しょうがないなと思っています。

    ちょっと前は、全員を楽しませたい、同じ方向性に向かってほしい、とか思っていて、それができずに「どうしてできないんだ、キー!」となったりもしていました。

    だけど、私自身の色々な経験を通して、徐々に、しょうがないなと考えられるようになっていきました。今は、出したものに対して否定的な声があっても、それはしょうがないなと受け止めています。

    ちなみに私の今の目標は、身近なところの人に、届けたいものを届けるということです。地道に活動できたらなって思っています。

    ーーこれからやってみたいことはありますか?

    子供向けの心のケアにまつわる本を書いてみたいなと思っています。色々な心の病を抱えた方とお話していると、子供時代が辛かったという声が多いんです。やっぱり、子供のときに幸せじゃないと苦しいよなあと思って、何か助けになる本が出せたらなと思っています。

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    ーー最後に、読者に向けてメッセージがあればお願いします。

    今、生きづらいと思ってる方もいらっしゃると思います。

    ツレも私も、かつてはそうでした。でも、きっと、いつか、いきやすくなる日が来るんです。今辛くても、必ず希望があります。

    楽になりたい、生きやすくなりたいと思っていたら、必ずきっかけがどこかで見つかるはずです。そのきっかけを掴めさえすれば、生きやすい方向に人生が開けていくと思います。

    (聞き手・文:秦 正顕、撮影:奥野 由記)

    細川 貂々(ほそかわ てんてん) 1969年生まれ。セツ・モードセミナー出身。漫画家・イラストレーター。1996年、漫画家デビュー。パートナーの闘病を描いたコミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』『イグアナの嫁』シリーズ(幻冬舎)は映画化、ドラマ化もされた。 精神科医の水島広子先生との共著『それでいい。』シリーズ(創元社)は ベストセラーになる。 自身の生きづらさとべてるの家などの取材を取り上げた『生きづらいでしたか?私の苦労と付き合う当事者研究入門』(平凡社)。 近著は維摩経を漫画にした『維摩さまに聞いてみた 生きづらい人のためのブッダのおしえ』(晶文社) 親の介護問題を描いた『親が子どもになるころに』(創元社)を上梓している。 宝塚市中央図書館にて当事者研究「生きるのヘタ会?」を主催。

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