今回取材させていただいたのは、Webメディア『双極はたらくラボ』編集長の松浦秀俊(まつうら・ひでとし)さんです。自身も双極性障害を患いながら、「はたらく」に特化したWebメディアを立ち上げた経緯や思いについて、お話を伺っていきます。
社会人歴7年で転職3回。27歳で診断された「双極性障害」
ーーまず、松浦さんが運営されている『双極はたらくラボ』はどういったメディアなんでしょうか。
『双極はたらくラボ』は「双極性障害(躁うつ病)で働くヒントがみつかる」をコンセプトとしたWebメディアです。双極性障害を患っている方のなかでも、特に働いている方、働きたいと思っている方を主な対象に、運営を行っています。
Webメディア以外にも、YouTubeやSNS、トークイベントなど、広くユーザーの方と接点を持ちながら情報発信しています。働くことの情報に特化しているので、20代後半〜50代前半の読者の方が多いですね。双極性障害のかかりやすさに男女差は無いそうですが、読者の6〜7割は女性になっています。
・YouTubeチャンネル
・LINE
ーーそもそも、双極性障害を持つ方たちにとって、“働く”ということにはどのような難しさがあるのでしょうか。
双極性障害は、今まで「躁うつ病」と呼ばれていた病気で、自分ではコントロールできないほどの躁状態とうつ状態を繰り返します。人によってそれぞれ状態が続く期間や繰り返す頻度もバラバラで、「継続的な就労が難しい」と感じている方が多いのが現状です。
なかなか周囲の理解を得られず、人間関係を築くのも困難なので、短期間で望まない転職を繰り返してしまう方も多くいらっしゃいます。
実は私自身も、27歳のときに正式に双極性障害だと診断されています。今に至るまで、病気と仕事の狭間でさまざまな困難を経験してきました。
ーーなるほど。松浦さんご自身の経験が、『双極はたらくラボ』の誕生にも大きく関わっていると思うのですが、改めてこれまでの経緯を教えていただけますか?
私はもともと新卒で就職する前から、軽いうつ病だと診断されていました。でも「いつかは起業したい」という強い意欲があったので、調子が悪くなっても、薬を飲みながらがむしゃらに働いたり勉強したりしていました。
ですが結局うつ病が再発してしまい、1か月間の引きこもり生活を経験。その後も、体調の波とともに転職や休職を繰り返していました。
そうして辿り着いたのが、障害のある方の就労支援等を手掛けるウイングル(現LITALICO)という会社でした。仕事内容に魅力を感じていた私は、Webマーケティング担当として土日も休まずに働き、入社3ヶ月で部門のMVP賞を受賞、新規事業開発のプロジェクトリーダーにも抜擢されるところまでバリバリと働きました。
ーーそれはすごいですね。症状は大丈夫だったのでしょうか?
「自分に任せてもらえるなら、期待に応えたい」という思いで土日も問わず働いていたのですが…。次第に疲弊してしまい、また会社を休みがちになってしまいました。
ただ、またうつ病か……と落ち込んでいたところで、一つ転機になった出来事がありました。
心配して社員寮にまで訪ねてきてくれた人事の方に、聞かれるがままにうつ症状の時やその前後の状態について話したところ、「それは双極性障害かもしれない。」という助言をもらったんです。その方が以前、精神疾患の方に関わる仕事をされていて知識があったために、いただけた助言でした。
そこで実際に病院に行ってみたところ、医師から正式に双極性障害II型の診断を受けました。今まで自分はうつ病だと思っていたのですが……。それで、一度休職することになりました。
ーー長年悩まされていたのはうつ病ではなく、双極性障害だったと。
はい。いざ診断されてみると、自分でも納得できる部分が多くて、少しホッとしたのを覚えています。同時に、「過去に絶好調と感じてたときは、症状によるものだったということか」という新たな悩みも生まれましたが……。
それから、処方された薬が効いて一度は復帰したのですが、結局その会社では、再休職や東日本大震災によるうつ状態の悪化を経験し、退職することになりました。
その後、また一つ転機がありまして。信頼していた当時の上司が、うつや双極性障害の方の社会復帰を支援するサービスを立ち上げられたんです。それで、私も使ってみないかと声をかけていただいて。それが、実は私が今働いている株式会社リヴァとの出会いでした。
ーーそういったご縁があったんですね。
苦しいときに、色々なご縁に救われてきたなと思います。そういうわけで、利用者としてリヴァトレにお世話になり、双極性障害に関しての理解や自分なりの対処を身につけるトレーニングを開始しました。
それがある程度目途がついて、今度はスタッフとして当事者の方たちを支援する側に回らせてもらうことになりました。
職場へ通勤するようにセンターへ通いながら、よりよい復職・再就職を目指すトレーニング。多彩なプログラムにより、心身のコンディションを整えていく、リワーク・就労支援サービス。
「失敗だと考えている経験も全て価値になる」顔と実名を出して自らが起点に
ーー支援される側から支援する側になられたのですね。それから、双極はたらくラボを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
サービス利用者からスタッフになり、途中何度か調子を崩しながらも休職まではせず働いて、5〜6年ほどが経っていました。
その頃、代表から一つの提案があったんです。前職では2年しかもたなかったのに、ここでは5年以上働けている。そういう私自身の経験もって、私自身が表に出て、双極性障害を持ちながら働いている様子を情報発信をしていけば、役立つ人がいるのではないかと。
私も「自分だからこそできる形で会社に貢献したい」「双極性障害でも自分らしく働けることを知ってもらうための起点になりたい」という思いがありました。それで、会社公認で顔・実名を出して「会社勤めをする双極性障害の当事者」としてTwitterやnoteでの発信を始めたんです。これが『双極はたらくラボ』の前身のようなものですね。
ーー顔と実名を出して情報を発信するのはとても勇気のいることだと思います。迷いはありませんでしたか?
当時はまだ、会社員でそういった試みをしている方がいなかったんですよね。だからもともとやってみたいという気持ちはあったけれど、それだと独りよがりな発信になってしまうとも感じていました。
代表が提案してくれたことで、個人ではなく会社公認の活動としてできるのが大きかったと思います。さらに「失敗だと考えている経験も、全て価値になるよ」という言葉に背中を押され、顔と名前を公表することにしました。
ーー今までの人生がまるごと肯定されるような、素敵な言葉ですね……。実際に情報発信を始めてからはいかがでしたか?
最初は不安でしたが、いざ始めると好意的な反応をたくさんいただきましたね。色々な方に声をかけていただき、コラボすることも出てきました。それらの反響を受けて、会社で「双極性障害」×「はたらく」に特化したメディアをつくりたいと提案したのが現在の『双極はたらくラボ』です。
ーーおお、ついに!
3月30日が「世界双極性障害デー」と定められている日だったので、2021年3月30日に合わせてメディアをオープンできるように、1年ほど前から準備を進めていました。複数の仕事を進めながらでしたので、最悪自分が倒れたとしても他の人が回せるように、とできる限りの準備はしていました。
2021年の年明けにクラウドファンディングを実施するタイミングでYouTubeチャンネルも開設し、その勢いのまま3月にメディアをオープンしました。
大きな不安とは裏腹に、集まったたくさんの好意的な声
ーーオープンまで怒涛の日々だったことが伺えます。いざオープンしてみて、読者からの反応はいかがでしたか?
SNSでの好意的な反応や、立ち上げたばかりのメディアにしては、想像以上にアクセス数が伸びていて、上々の手応えでした。ちゃんと求められているんだなとわかって嬉しかったですね。
ーー一方で、松浦さん自身Webメディアを立ち上げるのは初の試みですよね。精神的にも体力的にも負荷がかかることだったのでは……?
かなり大変でした……。
例えば、はじめは外部パートナーの編集関係のプロの方にサポートいただいていましたが、こちらは素人なので全く目線が合わず、クオリティの高いものが作れず間に合わない、でもメディアはすでにオープンしていて計画は進んでいる…という状況に挟まれてしまって、潰れかけたこともありました。
今までだったら、そのまま誰にも相談できず1人で抱えてしまって潰れていたと思います。
でも、本当にたくさんの方から「参考になった」とリアクションをいただいているなかで、自分ひとりの気持ちでやめてはいけないなと。また、これまでにたくさん働けなくなった経験があります。それらを踏まえて、早めの段階で直属の上司や代表など相談できる人に頼ったおかげで、持ち堪えることができて、予想よりも良い形で再出発できました。
ーーオープンして1年半以上が経ちますが、編集長としてメディア運営を続けてきていかがですか?
正直、続けられるのかすごく不安でした。新しいことに取り組むと、最初は気持ちが高ぶっていても、いざ長く続いたときに気分が落ちてきて、結果できなくなってしまうという経験を人生で何回も繰り返してましたから。今回は継続できるのかなと。
あとは、こういった対象が限られるテーマは他に類がなかったので、記事を公開するときも、本当に読まれるのだろうか、など大きな不安がありましたね。
そういった不安を踏まえて、今は自分で対処できるように工夫しています。たとえば、2〜3ヶ月準備した大作の記事は、公開してから1〜2日は気分が高ぶって眠れないから3日後に休みをいれたり、イベント後は躁状態になるけれど2〜3日すれば平常の睡眠に戻るから事前に休みを入れたりとか。
そういった工夫のおかげか、結果的にペースを大きく崩さずにここまで来ることができました。
ーー松浦さん自身も、双極性障害と上手く付き合いながら働いていらっしゃるんですね。やっていて、変化を感じることはありますか?
Webメディアを立ち上げてから、私が編集長として発信するYouTubeを本格的に始めたんです。それによって情報を必要としている方たちとの接点が増えて、YouTubeを入口にしてWebメディアに来てくれる方もいれば、その逆もいる。
これらのいろいろな取り組みが複合的に寄与して、双極性障害の方で、はたらくことに関心をもった方に、高い確率で『双極はたらくラボ』に辿り着いてもらえる状態になったことは、ユーザーの皆さんの声で感じていますね。
月に一度開催している当事者同士でゆるく体験談を語り合うトークイベント「双極ワーク」は、今では毎月ほぼ埋まる状態です。始めた当初は、オープンから1年半でここまで来られるとは想像していなかったですね。
「双極性障害」と「働く(ワーク)」に関心のある方同士でゆるりとトークをする当事者会。双極性障害と上手に付き合いながら働くヒントをみつけられる会。
ーーそれは、当事者の方たちがアクションを起こそうと思えるだけの信頼を得られているということでもありますよね。
いやあ、本当にありがたいです。双極性障害の方で働くことに困ったらとりあえず『双極はたらくラボ』を訪れればいいという状態にしたいと思っていますし、そのベースはできつつあるので、中身をどう揃えていくかが大事だなと考えています。
当事者のリアルな声を拾い上げ、みんなで育てるメディアに
ーー反対に、メディア運営において課題に感じていることはありますか?
『双極はたらくラボ』という名前から、よく「双極性障害でも働かないといけない」と言っているように誤解されてしまうことがあるんです。もちろん双極性障害の症状は人それぞれですし、治療に専念されている方もいる。働くことだけが人生ではありません。
その中で私たちは「働きたいけれど働けなくて困っている方たち」に対して、どうサポートしていけるかにフォーカスして、情報発信を行っています。昔の私が、その「働きたいけれど働けなくて困っている方」だったからです。
ですが、大切な部分が抜け落ちてしまって、「働くことが正だ」と誤ったメッセージで伝わってしまう部分がどうしても出てくるんです。
ーーたしかに、インターネット上だと色々な情報の受け取られ方がありそうですね。
そうなんです。たとえばある双極性障害の方が記事を読んで、SNSでシェアしてくださったとしますよね。そうすると、同じく双極性障害で繋がっていた方たちの目にも『双極はたらくラボ』の情報が触れて、そのこと自体にしんどい気持ちを抱く方もいると思うんです。
実際に私も働けなかった頃は、働いてる方を見て疎ましさや羨ましさを感じた経験がありますし、そこには本当に難しさを感じています。
ーーそうですよね......。そういったことも踏まえつつ、松浦さんがメディアを運営する上で大切にしていることはありますか?
こちらから一方的に必要だと思う情報を提供するよりは、できるだけ当事者の方たちに寄り添いたいという思いがあります。当事者の声を拾わせてもらってコンテンツにしていきたい。そこで、定期的に読者参加型の企画を立てています。
たとえばアンケート企画。少し前には「双極性障害とお金」というテーマで、年収などの属性を含め、お金に関する困りごとを記述式で回答してもらいました。「躁状態のときにお金に困ったことはありますか?」とかですね。
ーー実際の悩みを集めて、そのままコンテンツにするんですね。
はい。参加型で回答してもらった以上、必ず期限内にコンテンツにして出さなければいけないというプレッシャーもあるんですけど(笑)。
でもそれがきちんと世に出て、読んだ方たちが「よかったな」とか「次参加してみよう」というサイクルができれば、自分事としてメディアに関わってくれる方たちが増えてすごくいいなと。
だから、メディアとしては、ただ情報を提供するというよりは、知りたいことがあったらメディアという力を使って、皆さんから情報を集めたり、専門家の方に話を聞かせてもらったりしていくというスタンスです。切り口が狭く細かいからこそいろいろやり方はあるし、ニーズを丁寧に汲んでいけば、読者のためになるものを作っていけると思っています。
ーーお話を伺っていて、メディアという場にみんなが集まって、一緒に考えながら育てていくようなイメージが湧きました。
そうですね。一種のコミュニティになりつつあると思います。メディアやYouTubeを見てくださっている方たちがいて、もう少しコアな部分にイベントなどに参加している方たちがいて、関わり方のグラデーションはありつつも、全体で双極性障害で働くことについて一緒に考えられる場のようなメディアにしていきたいですね。
当事者の視点で、当事者以外の方たちにできることを
ーー最後に、松浦さんの中で今後やっていきたいと考えていることがあれば教えてください。
当事者の視点で、当事者以外の方たちにできることをやっていきたいと思っています。
一つは、企業の社員の方たちに双極性障害の理解を深めてもらうための、研修や講演といった啓蒙活動ですね。そういったアプローチはすでに少しずつ行なっていて、『双極はたらくラボ』の中でも受付窓口を作ったり、私個人で日本うつ病学会でお話させていただいたりしています。
もう一つは、支援者向けの研修です。双極性障害で就労移行支援などのサービスを使う方も増えているので、双極性障害の当事者をサポートするにあたって、どう関わっていけばいいのかというところを、私たちでサポートしていけたらと考えています。
このような取り組みを通して、「働きたいと望む双極性障害の人が自分らしく働ける社会の実現」という我々のビジョンのもと、社会全体で双極性障害の方が働きやすい環境を作っていくために、これからもできることをやっていきたいと思います。
(聞き手:秦 正顕、文:むらやま あき、撮影:村上 隆紀)
松浦秀俊(まつうら・ひでとし) 1982年生まれ。名古屋工業大学卒業後、食品商社、個人事業主、Web制作会社、障害のある方の就労支援等を手掛けるウイングル(現LITALICO)を経て、2012年株式会社リヴァに入社。 ピアサポーターとしてリヴァトレ支援員を10年経験したのち、社内の新規事業でWebメディア「双極はたらくラボ」を立ち上げ編集長に就任。現在、双極事業部の責任者。 保有資格は精神保健福祉士と公認心理師。 妻と息子(6歳)の3人家族。 Twitter:@bipolar_peer